2023.02.27
食の安全・安心はリスクを理解することから
ある有名レストランで集団食中毒が発生し、営業停止になったという。料理長は「開店から20年間、食中毒など一度も出したことがなかったのに・・」と落胆のコメントを残したが、これまで事故(危険)がなかったからと言って、食中毒のリスクが小さかったとは限らない。「リスク」とは「将来の危うさ加減」であり不確実性をともなうので、本当は大きなリスクがあったけれども、事故以前は運がよかっただけかもしれないのだ。東日本大震災のときに、津波警報に対して一目散に丘のうえに避難した小学生たちは助かったが、そんな大きな津波は来たことがないので大丈夫とリスクを甘く見積もった人たちは犠牲になった。
一般消費者は「リスク」がないことを「安全」とよく勘違いするが、生の魚を食べるのにゼロリスクがありえないことはわかるだろう。「安全」とは、「リスク」が社会/市民にとって許容可能(Tolerable)な水準に抑えられた客観的状態をいう1)。したがって、食品のリスク評価/リスク管理が綿密にされて、残留リスクが十分小さければ、生の魚を提供するレストランも「安全」と言えるし、事故は起こらない。他方、「安心」は主観的なものであり、判断する主体の価値観に依存する。すなわち、人により、状況により、国により、文化により異なる。「リスク」が無視できるイメージのときには「安心」だが、「リスク」が不快感をもって顕在化すると「不安」になる。
たとえば、無添加(食品添加物不使用)の食品と食品添加物を使ったカップ麺などの加工食品が2つ並んだときに、直感的に無添加が安全そうで食品添加物が危険そうに見えるのは「二者択一の原理」というリスク認知バイアス(リスク誤認)のせいだ2)。ところが実際は、食品添加物を適正に使用した加工食品ではリスク評価/リスク管理が徹底されているので食中毒は起こらないが、殺菌料という食品添加物を適正に使用しなかったお漬物でO157による食中毒のため8人の方が亡くなるという痛ましい事故が2012年に北海道で発生した3)。
昨今の食中毒事故のほとんどは、食品添加物を使用しない外食店・給食・仕出し弁当などで発生しており、「無添加」が「安心」と短絡的に思うとリスク判断を誤ることになる。食品添加物を使ったコンビニのおにぎりより親御さんの手作りおにぎりの方が「安心」なのはわかるが、食品衛生上のリスクに関してはコンビニのおにぎりの方が「安全」ということを理解すると、多忙な親御さんの心の負担も軽くなるはずだ。
《参考文献》
1. 山崎 毅(2019) 安全・安心とリスクコミュニケーション―食品分野を中心に,一橋ビジネスレビュー 67-No.3,『特集:安全・安心のイノベーション』 p92-p102.
2. 中谷内一也(2006) 『リスクのモノサシ』 NHKブックス.
3. 国立感染症研究所(2013) 白菜浅漬による腸管出血性大腸菌O157食中毒事例について-札幌市 IASR Vol.34, p126.
《執筆者:山崎 毅》
NPO法人食の安全と安心を科学する会(SFSS)理事長/獣医学博士
1983年東京大学農学部卒。1985年同大学院修了、同年湧永製薬(株)に入社し6年間米国にてサプリメントR&Dに従事。2011年SFSSを設立。
認定NPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)理事
食生活ジャーナリストの会(JFJ)事務局長
一般社団法人消費者市民社会を作る会(ASCON)科学者委員会・事務局長